卓越する大学2014 特集[ Special Interview ] 山内 進 先生
社会科学とはどのような学問なのでしょうか。
グローバル化が進展する中、世界にはさまざまな問題が浮上しています。その中には少子高齢化や経済、環境問題など、日本がある意味で最先端の経験をしている課題もある。社会科学はこうした課題を解明する学問であり、社会に対しアンテナをつねに張りめぐらせていなければなりません。
大学では専門分野の勉強はもちろん、語学やIT リテラシーのようなスキル、リベラルアーツの涵養も大事です。特に重要なのは、理系の知識も養うこと。一橋大学ではそれを「文理共鳴」と呼んでいます。企業や官公庁など、組織の中で企画を考えたり社会をデザインする能力、イノベーションを起こす力をつけるには、文理にまたがる高度な専門知識が必要だからです。
高校時代にはどんな勉強をしておくべきですか。
社会科学の領域は幅広く、例えば明晰な科学を指向する経済学と、歴史学などの分野とでは研究のスタイルがずいぶん異なります。しかし、一番のポイントは社会の動きに関心を持つことで、まずは新聞を読むことが大切です。
短時間で要点を掴めるようになるには、ある程度の文章を読むこと。その意味で小説は読みやすいし、興味あるテーマの新書を買って読むのもいい。受験生であれば、将来進みたい分野の基本図書を読んでください。歴史学であれば、阿部謹也先生の『自分の中に歴史を読む』という本があります。
先生は高校時代に、どのような本を読まれましたか。
高校時代に感動したのは、ドストエフスキーの長編小説。『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』などは読了するのは大変ですが、得るものも大きい。普段小説を読まない人であれば、夏目漱石の『坊っちゃん』がお勧めです。オー・ヘンリーの短編集も、小説世界への導入としては最適でしょう。
下村湖人の『論語物語』は論語の世界を物語風に描き出しているもので、非常に易しく書かれていて面白い。中国を勉強するとっかかりになるし、日本人の心のもとになっている部分を知ることもできます。
一冊の本との出会いで学者への道を目指す
先生は高校の時から学問の道を志していましたか。
まったく考えていませんでした(笑)。兄(昌之氏、歴史学者。東京大学名誉教授・明治大学特任教授)は子どもの頃から大変な読書家で、学者にぴったりだと思っていましたが、私は普通の高校生で、法学部を選んだのも、弁護士にでもなろうかと思ったからです。
それで一橋大学に進学したわけですが、入学手続きのため、実家の北海道から東京へ向かう列車の中で読んだ本に感銘し、進路が大きく変わった。それが渡辺洋三先生の『日本における民主主義の状態』です。この本で展開されているのは「法社会学」という学問らしい。私はその学問に深い興味を覚えました。
一冊の本で、人生が変わることは本当にあるのですね。
大学に入ってからは、法社会学研究会というサークルで仲間と本を読むということを始めました。マックス・ウエーバーやマルクスなど、社会科学の古典といわれるものを読み、学部では法制史のゼミに入りました。
ただ、本格的に研究者への道を志すようになったのは大学院に進学してからです。もし大学院に受からなかったら就職するつもりでした。その意味では、熱烈に学者への道を志していたわけではない。ですから、たまに院生に向かって「いい加減な気持ちで大学院に来るな」と叱る先生がいますが、私は怒る気がありません(笑)。自分の進路は大学院に入ってから決めればいいだろうと思います。
背伸びをして学問の「深さ」を知る
先生は高校時代から、知的関心の幅が広かったですね。
「勉強は易しい分野から入りなさい」とアドバイスをするのですが、その一方で、若いうちはちょっと背伸びをして、知的に格好をつけることがあってもいい。無理してレベルの高い本を読んでも、なかなか身にはつきません。でも、それはそれでいいと思う。格好をつけているうちに、本当の力がついてきます。
ドストエフスキーは普通なかなか読めないけれど、『罪と罰』など、読み出せばとても面白い。こうした本を読むと、社会や人間の深さが分かる。表面的なものではなく、もっと違う世界があることを感じることができます。そういう奥深さを経験しながら、社会を見つめ直す。レベルの高い作品を読めば、それだけのものは得られますので、ぜひ挑戦してください。
サントリー学芸賞を受賞した先生の著書『北の十字軍』は20 世紀初頭、エイゼンシュテインの映画の話から始まって、幅広い射程でヨーロッパ中世の法制史を描き、それが現代社会の批評にまで繋がっています。
基本的に私は歴史が好きで、過去の出来事を研究しています。経験的データから現代の問題を分析するというのは、社会科学の基本的なスタイルと言えるでしょう。
ただ、現代と過去とを安易に結びつけ、批評するというのは上出来な歴史研究ではありません。私はよく「暗喩」という言葉を使うのですが、要するに、過去の事実を徹底的に描写することで、現代の複雑な事象を思い浮かべることができるという、そういう読者に開かれた本が好ましいだろうと思います。
過去の事実を正確に描き出すことが、現代社会への理解に繋がる。
今日ではおよそあり得ないと思われているようなことが、過去には当たり前だったという、「えっ」と思うことを研究してみたくなる。その時に、過去と現代との違いをどう捉えるのか。「昔は野蛮だった」で済ませるのは一つの立場ですが、実は深いところでは現代とそれほど違わないかもしれない。こことここは違うけれども、この側面では同じだ、と考えることもできるでしょう。
歴史研究の一番のポイントはまさにそこにあって、過去を深く知ることによって、逆に私たちの時代を相対化することができる。今はこういうことが一般的だと思われているけれども、必ずしも常に普遍的だったわけではないという発見があって、今の時代を冷静に反省することができるのです。
それはとても知的な喜びですし、結果としてそこから社会に役立つことが導き出されていくのかもしれないと思いながら研究に携わっています。
Photo by 飯田 剛士