卓越する大学2015 特集[ Special Interview ] 吉澤靖之 先生
自ら課題を見つけ解決出来る医療人を目指す
いま、医学・歯学をめぐる環境は、科学技術の進展や生命科学の高度化により大きく変化しています。世界全体の人口は爆発的に増えていますが、先進国では人口減少が進み、超高齢社会を迎えています。また、死生観や健康に対する考え方も多様化しています。
しかし、病で苦しんでいる人たちに救いの手を差しのべるという医療行為の本質は変わることはありません。「知と癒しの匠を創造し、国内・国外に展開することを通じて、人類の幸福に寄与する」ことが、東京医科歯科大学の、そして医学・歯学を志す者のミッションだと思います。
ここでいう「知」とは、知識と技術と自己アイデンティティであり、「癒し」とは教養と感性、多様性を受け入れるコミュニケーション能力のことといえましょう。どんなに技術や知識があっても、己を知らなければ意味がありません。医師・歯科医師は患者さんの多様性を受け入れなければいけませんが、己がしっかりしていないと、その多様性を受け入れるのが難しくなります。そこで、「知」に「自己アイデンティティ」が加わるのです。
相手の心を理解した上で、専門家としての助言ができること、なおかつ一緒になって悩み、苦しむのが医療人です。だからこそ、人間として教養、感性とコミュニケーション能力が欠かせないのです。
東京医科歯科大学では、こうした観点に立って人材育成に努めており、そのため「課題を与えて解決させる」という従来のやり方から「自ら課題を見つけ出した上で、解決方法を考えられる」教育へとシフトさせていきます。
患者さんは一人ひとりみな違います。漫然と見ていると見逃してしまって病気が見つからないということがあります。35年ぐらい前の私の体験談ですが、病院で勤務医をしていた頃、まったく元気のない患者さんがいました。当時は、食事を摂っていないからだろうということで済ませてしまうような時代でしたが、私が受け持ち「食べていないだけでは説明がつかない」ということで調べたところ、ナトリウムが不足する病気だったのです。そこで低ナトリウム対策をとったところ、意識が覚めました。自ら問題を見つけ、それをどうやって解決するかが大事だという一例です。
この医療人育成推進のためには教育体制の組織整備も必要で、本学では「統合教育機構」による医歯学融合教育の一層の充実を図りたいと思っています。
コミュニケーション能力と教養、感性を身につけよう
こうした「知と癒しの匠」、つまり医療人としての道に進むため、高校時代に何を学んだらいいかと聞かれることがありますが、まずは先ほど述べた教養と感性、多様性を受け入れるコミュニケーション能力の3つはぜひ身につけてほしいと思います。
教養とは、幅広い知識と精神の修養などから来る創造的活力や心の豊かさ、理解力と定義することができます。感性は、外からの刺激に応じて何らかの印象を感じ取る、その人の直感的な心の働きであり、その感じたことを何らかの形で表現する力です。
そして、その上で人格を磨き、幅広い基礎的学力や語学力を養い、広い視野と国際性を涵養してもらいたいと思います。
ところで、日本では、大学入試のある18歳のときに自分の道を決めなければいけません。ところがアメリカではそうではありません。大学に入ってから方向の大転換をして医学部に入り、医師になった人もいます。次代を担う若い世代の無限の可能性を引き出すためにも、こうした幅広い選択の余地があっていいと思います。
医学部と歯学部間の転科や、本学が四大学連合を組織している東京外国語大学、東京工業大学、一橋大学との間で転学が認められるような柔軟な体制を構築することについて、議論を始めたいと思います。人材流動性を高めるための取り組みを積極的に進めたいと考えています。
超高齢社会に対応するための医・歯・工連携と全人的医療
これからの医療をさらに充実させていくためには、医学・歯学・工学の連携体制をより強化することと、全人的医療の実現を目指すことが求められています。医学・歯学連携では、国内の大病院でも歯科がないところが多い現状を踏まえ、病院に歯科を作っていただき、患者さんの歯科チェックをすることなども考えていかなければなりません。医学・歯学・工学の連携では、歯科材料を含む生体材料と医用機材の研究を推進している生体材料工学研究所および難治疾患研究所と、医学部・歯学部の有機的協力体制をさらに推進します。
全人的医療では、総合診療科の創設を視野に入れています。例えば合併症を起こした場合などでも、あらゆる角度から患者さんを診ることができます。また、診療科間の連携による医師・歯科医師以外のスタッフを含むチーム医療を進める必要もあります。
超高齢社会の到来に備え、予防医学講座の設立や「長寿・健康人生推進センター構想」の実現も急務です。既存の快眠センターやスポーツ医歯学センター、疾患バイオリソースセンター、医学部と歯学部の附属病院と「長寿・健康人生推進センター」を結んだ「長寿医療ネットワーク」を構築したいと思います。
国際的視野で人材育成し地域医療にも貢献する
急速なグローバリゼーションの波の中で、国際交流や国際貢献もますます比重が大きくなってきます。これまで本学には野口記念医学研究所共同研究センター(ガーナ)と東京医科歯科大学・ラテンアメリカ共同研究センター(チリ)、チュラロンコン大学・東京医科歯科大学研究教育協力センター(タイ)の3つの海外拠点があり、医学科や歯学科、口腔保健学科の学生が派遣されています。また、ハーバード大学での臨床実習や、インペリアルカレッジロンドンでの研究実習に医学科学生を派遣しています。今後はこれをさらに推し進め、現地での人材育成にも力を入れていきます。
一方で、地域医療への貢献も重要です。連携病院との人材交流に加え、お茶の水周辺のクリニックとネットワークを作る準備を進めています。
そして、2020年には東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。トップアスリートへのケアやテロ対策のためのER(救急救命室)拡充、日本を訪れる人たちの診療のため連携大学と協力して語学対応を図ることなど、積極的なサポート体制を整備します。
医学部は今年創立70周年、歯学部は創立86周年を迎えます。ただ伝統に甘んじるのではなく、現在の社会状況に対応できる新しい伝統を築き上げていかなければなりません。
「積極思考で全力を尽くす」「己を知れば邪心なし」の精神をモットーに、患者さんにやさしい安全安心の医療を提供し、使命感と思いやりをもった医療人の育成に全力を注いでいきます。